旅立ち 2015

今年も本日をもって、3名の選手が了徳寺学園から旅立ちます。

縁あって共に戦ってきた戦友たちとの別れは、やはり寂しいものですが、今後とも了?寺学園OB、OGとして、益々の活躍を願うと共に、これからも末永くつきあっていけたらと思います。

穴兄(アナニイ)

高校時代はインターハイ出場も逃した亮平が、コツコツと真っ直ぐに努力を重ね、見事、全日本選抜体重別を制して、日本一の座を手中にしてくれました。寝業師・加藤選手を抑え込んでの勝利は、今でも脳裏に焼き付いています。後半は持って生まれた優しさが裏目に出て、場外際での悔しい敗戦が悔やまれますが、腐ることなく、愚直に頑張ったと思います。4月の全日本選手権も4度目の挑戦となり、まだまだこれから上を目指して頑張ってほしいと思います。

千葉県の大会で重量級の選手を倒して優勝する亮平の姿を何度も見た応援の息子が、「パパ、アナニイは最強だよ!」って誇らしげに語っています。

4月からは母校である東海大学星翔高校で後進の指導に当たることになりますが、亮平なら良い先生になること間違いなしだと思います。指導と合わせて、九州から現役としてもまだまだ全日本を目指してほしいと思います!

ワノ

73ながら重量級に対しても十分通用する力を持っていたワノは、高校時代から注目していた選手でした。順調に力をつけ、大学時代には講道館杯も制し、世界選手権では銅メダルを獲得。了徳寺に入職後も亮平とともに、見事全日本選抜体重別を制しました。さあこれから世界一を目指してという時に酷使し続けてきた身体が悲鳴を上げ、結局、在籍中に3度の手術を経験することになりました。

特に2度目の手術から復帰し、講道館杯で2位に入賞した直後に診断された首の状態は、もう、現役生活は難しいとまで言われ、一時即時引退も考えたほどでした。そのケガからも復帰し、講道館杯の畳に戻ってこれたことは、粟野のあきらめない努力の結果だと思います。

今後はハンガリーに渡り、連盟所属のコーチとして後進の指導に当たることになります。これまでの実績と苦しんだ経験は、指導者として必ず大きな力になると思います。様々な経験を積んで、多くのことを学んできてほしいと思います。

ガヤさん

ジュニア時代には世界ジュニアを制し、講道館杯や学生体重別でも優勝を遂げ、これから世界を目指そうと了徳寺学園の門をたたいてくれました。しかしながら私の指導力不足で、なかなか結果が出ない、忍従の日々となりました。継続的で過酷な減量もガヤさんの身も心も削っていたように思います。一階級上げて臨んだ実業個人ではその減量苦から解放されたものの、あと一歩及ばず畳を後にしました。その後は専門学校での事務員として、持ち前の明るさと覚えの速い事務処理能力で大いに貢献してくれました。

まだまだ続けて事務を盛り立ててほしいところでしたが、今後目指している教職の道に向けて、新たな資格取得と母校の手伝いの為、地元に戻ることとなりました。

ガヤさんのハスキーボイスの歌がきけなくなるのは残念ですが、いろんなことをキッチリとこなすしっかり者のガヤさんなので、必ず良い教員になること間違いなしだと思います。

ここでお約束ですが、突然のブログ当番振りがありますので、気を緩めず、ネタ集めに励んでおいてください!

本当にお疲れ様、そしてありがとう!

了徳寺学園柔道部監督
山田利彦

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です